中世ヨーロッパや古い日本のメイクの方法
中世ヨーロッパのメイクの方法は、顔に蜜蝋を塗って、その上に白粉を叩くというメイクの方法が流行したそうです。
このメイクの方法の始まりは、イギリスのエリザベス1世と言われており、戴冠式などの教会の儀式で聖性を高めるのを目的にこのメイクの方法が始められたようです。
そういえばエリザベス女王の映画で女王が異様に白い化粧だったことを思い出しますね。
そして貴族たちもそれに倣って行うようになったようです。
しかしこのメイクの方法には問題点がありました。
その問題点とは、蝋が溶けて、化粧が崩れるのを防ぐため、冬や寒い日でも暖房に近づくことが出来なかったそうです。
当時の白粉は白鉛などが含まれており、皮膚にしみが出来易かったといわれています。(鉛中毒)そして、これを誤魔化すため、一時期、貴族の間で流行しました。
日本のメイクの方法
日本では古代から大正時代に至るまで、お歯黒と呼ばれる、歯を黒く塗るメイクの方法が行われていました。
平安時代は男性もお歯黒をすることがありましたが、江戸時代には既婚女性がお歯黒をするようになりました。
口紅の材料には、紅花が使われていましたが、大変に高価な品とされていました。
江戸時代には、メタリックグリーンの艶をもった口紅「笹色紅」が江戸や京都の都会の女性の間で流行したそうです。
日本の白粉もまた西洋と同じく鉛を含んでおり、長期的な使用者には「鉛中毒」による死者が多く見られ、戦後に規制されてからも、死者が後をたたなかったと言われています。
